社団法人 士別青年会議所 第56代理事長 大 橋 直 幸
はじめに
士別市民の私にとって、深く感銘を受けた言葉があります。
それは「士別市民憲章」です。
- 自然を愛し、美しいまちをつくります
- 人を愛し、文化豊かなまちをつくります
- 仕事を愛し、活気みなぎるまちをつくります。
- スポーツを愛し、元気なまちをつくります。
- 夢を語り、未来に広がる明るいまちをつくります。
この言葉の意味を理解するのに、そう時間は要しないでしょう。何気ない言葉のようですが人として、士別市民として、最も大切な思想であり言葉ではないでしょうか。
ありとあらゆる情報が溢れ、欲しい物が簡単に手に入る今現代。開拓精神で苦労をし寝る間も惜しんで働いてこられた「先人達」の礎があり、今日の平和な毎日を過ごさせていただいている私達がおります。
しかし、そのような毎日の生活の中に、私はいつしか疑問を感じるようになりました。あまり好ましくない表現かもしれませんが、最近の世の中は「平和ボケ」というウイルスが蔓延し、私自身含めて知らず知らずのうちに侵されていたような気がしてなりません。また、平和すぎる当たり前の日常の代償は、少なからず存在するものとも私は考えます。
さて、この光輝く「市民憲章」というものをどの位の方々が、感銘を受け、意識と 自覚を持ち、日々の生活に活かしているのでしょうか。
多くの人々が、このシンボルとも言える「市民憲章」を実践しているのであれば、 それは人として士別市民として、これほど素晴らしく誇りに思えることはないのだと 私は強く感じます。
〜悲観(グリーフ)から教えられること〜
2011年3月11日。未曾有の大震災がわが国日本で起きてしまいました。多くの犠牲者を出し、被災地である東北地方はもとより日本全体が甚大な被害を受けてしまいました。悲しみに暮れる被災地の為に何とか力になろうと、多くの国民が立ちあがりました。そしてその事に対し影響を受け、少なからず「意識変革」された方々も多いと私は感じます。また、このことは、この国の人にとって、「失われがちな大事なもの」の象徴ではないかと、私は思えてなりません。
また、この未曾有の大震災を通じて、自然が起こす力というのは、時に人間の無力さをまざまざと痛感させられるものとなると同時に、防げないものや起きてしまったものはどうすることも出来ない場合もあるものと私は考えます。
今回のような大天災が今後も起こりうる可能性のあるこの社会において、大事なのは、速やかな対応と迅速な処置であると共にこれからの対策と行動であると同時に、この悲しみの大惨事から受けた衝撃と教訓を、忘れないで心に刻み込み、未来へと伝え続けることだと私は強く感じております。
そして、この大惨事を期に、私は、忘れかけていた事をこの度改めて感じさせられた思いがしてなりません。それは、仲間達との時間の共有の幸せ、生きているという感謝の気持ち、無気力の惨めさ、人を思いやる心などであります。また、人として悲しみから教わることほど、深く心に染み込んでいくものだと私は強く確信しております。
私達はこれらを今一度認識し、より人に優しく、自分に厳しくなれる人間へと成長してゆく必要性があります。
〜次世代が担う若者としての役割〜
私は葬祭業の仕事に従事しております。人生のエンディング、人生の卒業式、その人との最後のお別れであります、「お葬式」のお世話をさせて頂いております。そのような日頃の仕事の中でいつも感じるのが、「命の有難さ」「人は一人では生きて行けない」「後悔しないように生きる」「明日という日が保障されているとは限らない」など、幾つもの人として忘れがちな事柄を教訓として感じております。
私は強く考えます。これらの「極論」とも言える言葉をしっかり把握し、認識をしないで「市民憲章」という思想とも思える素晴らしい言葉を理解できるでしょうか。物事の考え方には幾つかの段階があります。まずはしっかりと自分自身を見つめ直し、客観的に分析を出来る人間。それから青年会議所の三信条でもあります「修練」、「奉仕」、「友情」の言葉の意味を理解して実践してみることが、これからの私達、若者達に最も必要とされていることなのではないでしょうか。
〜青年として大事な時期〜
今、37歳の自分を鑑みますと、気持ちは常に若く20代のままと言いたいところではありますが、確実に年齢だけは積み重なって参りますし、また、思い切って実践行動を起こせるのは青年の特権であると私は感じます。そう考えますと、今よりもう少し自らに対するハードルを上げ、仕事、家庭、青年会議所の活動に携わる時間の密度をより濃くできるよう、その時その時をしっかりと噛みしめながら、後に後悔のしないように、その中でも青年としての立場を忘れずに、謙虚な心、自己の研鑽、奉仕の心、思いやりの精神、己を知ることのできる人間になるために日々邁進して参ります。
〜青年会議所の素晴らしさ〜
この「青年会議所」の素晴らしいところは、入会間もない頃には、個々の未熟さと不安のせいか「志」という点ではまだばらつきや統一性に欠けていることが見受けられますが、時を重ねていく過程で徐々に心が通じ合う「仲間」になり「同志」になっていくのが不思議な位、解ってきます。まだ経験の浅い私が申し上げるのも真実味に欠けるかも知れませんが、間違いないことだと確信を致しております。
また日頃、大変お世話になっているシニアクラブ会員の多くの先輩諸兄の皆様の言葉の節々にも「青年会議所時代が一番輝いていたな」「あの時代に知り合った仲間達が本当に宝だよな」「思い出だけじゃなく、色々なことを経験し、学んだからこそ今の仕事が活きている」「卒業したらポッカリと心に穴が開いてしまったようだ」など多くの言葉を耳にして参りました。私にも最近それぞれの言葉の意味が理解できるようになりました。
それは、実際に入会して体験した者でしか、得ることのできない人生の貴重な「宝」だと考えるからです。
〜おわりに〜
本年、社団法人士別青年会議所は創立55周年の節目を迎えます。数多くの先輩諸兄が脈々と受け継ぎ、築き上げてこられた燦然と輝くこの偉大な歴史と功績を、会員はもとより、これまで青年会議所に縁の無かった若者達も含めた皆で振り返ってみようではありませんか。
士別市の長い歴史の中で、士別青年会議所がどれ程の影響力を持ち、どれ程の功績を残し、人々に夢と希望を与えてきたのか、それらをひもといてみる価値はきっとあるはずです。
そして今後も、「修練」「奉仕」「友情」の三信条のもと、今迄に脈々と受け継がれてきた「まちおこし」「教育のサポート」「既存施設の活用」などの活気溢れる運動に更なる磨きをかけ、私達が胸を張って誇れる「志民」となる為に、また「故郷」士別市が、活気と笑顔で溢れる、愛するまちであり続ける為に私達は「大切な仲間達」と手を取り合って、スクラムを組んで走り続けます。 |