一般社団法人 士別青年会議所 第60代理事長 苔
口 千 笑
2016年度 スローガン
「すべてに真摯に」
はじめに
我々の住まうこの地域について、「何もないまちだ」と言う人がいます。
かく言う私も久しくそう思っておりましたが、青年会議所に入会してからというもの、この地域を見つめなおす機会が増え、知れば知るほどに分かり始めてきたことが有ります。
このまちには何もない。
本当にそうでしょうか。
確かに、大都市のような大きい商業施設も無ければ、大規模な娯楽施設も有りません。
観光地のような名所があちらこちらに立ち並ぶわけでもなく、無いものを挙げればきりがないでしょう。ただしそれは、大きな都市の建造物やそれらに付随する物を比較対象としているからに他ならず、まずはそれらを比較する必要がないということに気付いていただきたい。そして、都市には都市の、地方には地方の役割があり魅力があるということ、更には、地方だからこその強みと恩恵がこのまちには満ち溢れているのだということを正しく理解し、我がまちに誇りをもっていただきたい。このまちに住まう一人ひとりの胸に地元に対する肯定感と愛郷心が満ち溢れ、皆が口々にその素晴らしさを語り合うことこそ、このまちを明るい未来へ繋げていくためにいま必要なことであり、まちづくりの基盤となると、私は考えています。それゆえに、地域のリーダーとなるべく我々は、率先してこのまちの魅力を見つめ直し、語り広げていき、地元に対する肯定感と愛郷心を根付かせていくための運動を展開してまいります。
「豊かさ」の変移から見えてくるこの地域の高水準な生活環境
1992年から経済企画庁によって作成、公表されている新国民生活指標は、地域社会の生活実態や特色を踏まえ、真の豊かさとは何かを捉え、国民生活の質の向上に寄与することを目的として策定されています。
更に2012年、国連が主要20カ国を対象として新経済統計を発表しました。この統計は、経済を持続的に発展させていくために必要な資本の合計で総合的な豊かさを評価したものであり、一国の豊かさについては福利厚生度がどれだけ高い水準にあるかや、将来にわたってその水準を維持し、高めていく能力があるかを判断基準にしています。この統計で日本は国単位では第2位、ひとり当たりの総合的な豊かさでは群を抜いて1位であるとされました。
これらの指標や統計を鑑みると、日本を含む成熟した経済先進国においては「豊かさ」を図る観点が、これまでの経済成長率から国民生活の質へと変移してきていることがわかります。この事柄を踏まえ、「豊かさ」とは何かということを生活の質へと視点を変えて改めて問うた際、何もないと思っていたこのまちが、いかに「豊かさ」に満ち溢れているかが見えてきます。
具体的な例を挙げると、日常生活において我が家では、お米は下士別の農家の方から直接購入し、その都度精米したお米を届けていただいております。卵は上士別で平飼いの養鶏を営む農家の方が宅配してくださり、夏季であれば野菜は自家菜園の畑でほぼ賄えています。肉・魚に関しては近所のスーパーマーケットを利用しておりますが、この地域のスーパーマーケットはどこも新鮮な道内産の食材を豊富に取り揃えており、誰もがそれらを安価に手に入れることができています。加えてこの地域では、市民が気軽に地元の農畜産物を加工できるよう体験型の食品加工施設を設けており、麹からつくる味噌やソーセージ、パン作り等、自らの手で安心・安全な物を作り出すこともできます。近年、国内外を問わず食品の危険性が取り沙汰され、食品偽造、過剰な添加物、汚染や異物混入等、食が問題視されている最中において、この例えだけでも十分に、安全かつ大変贅沢な食環境の下でこの地域の暮らしが成り立っていることがわかります。食無くして我々の生は成り立たず、それは安全であればあるほど望ましい。改めて、農業が主体であるこの地域に住まう有難味と醍醐味、そして感謝の念が湧き上がります。
そしてこの安心・安全は食のみならず、生活環境にも当てはまることで、物騒になってきたと言われる現代であっても、この地域においてはニュースになるような大きな犯罪や事件はそうそう耳にする機会もなく、身の危険を感じて怯えるようなことも滅多に有りません。核家族化、自治体機能の低下、時代の流れと共に近隣の付き合いが気薄になってきていることは否めませんが、それでも隣に誰が住んでいるかも分からない程にこの地域は殺伐としてはおらず、むしろ繋がりを感じる機会の方が多々有ります。
加えて我が士別市は、持ち家率が高いということをご存じでしょうか。
総務省統計局から2014年に発表された持ち家比率のデータを見ると、意外にも、北海道の持ち家比率は全国平均61.7%を下回る57.7%と低いのですが、我が士別市は68%と全国平均よりも高く、道内平均との比較では10ポイント以上も高いトップクラスの持ち家比率です。持家比率が高いということは、比率の低い都市部と比べて家を構えやすい環境にあるとも言えるでしょう。考えられる要因としては、土地の価格が低いことや多世代が同居する家族構成の割合が高いこと等が挙げられます。また、住環境の素晴らしさを表す特色のひとつとして、この地域ではガーデニングに力を入れている方が多く、軒先や庭を季節毎に色とりどりの綺麗な草花で飾られている家がたくさん有ります。バスのツアーに組まれる程の見事なオープンガーデンが幾つも有り、開催期間中に開かれるクラシック演奏会の案内をいただいた際は、なんて贅沢なご招待であるかと胸が躍りました。生活の基礎である衣食住、中でも基礎であり要でもある食と住環境において、このまちは質の高い暮らしを自らの手で造り出せる、大変素晴らしく恵まれた環境にあることがわかります。
「子育て日本一のまちづくり」が、このまちの未来を造る
士別市は、これほどに恵まれた食・住環境に加え、子育て・子育ち環境の充実にも大変重きを置いており、これはまさしく我がまちの強みであると考えます。市が掲げる子育て日本一の施策のもと、新しい命を授かった時から、手厚いサポート体制が長期にわたり続くことをご存知でしょうか。妊婦時に行われる出産・育児についてを学ぶマタニティスクールから始まり、産後の保健師訪問、国が定めた健診に加え、士別市独自で行っている赤ちゃん広場や離乳食教室が、乳児とその家族をサポートしています。その後の就園前幼児に向けた子育て支援センターは市内に3ヶ所もあり、子どもが遊ぶ場を提供するだけでなく、親同士の交流の場をも担っています。更に、所用で一時的に保育を要する幼児のための一時保育に関しては、定員の枠が広がり多用途で利用しやすくなりました。加えて2014年からは、士別市ファミリー・サポート・センター事業がスタートし、預かり保育についての育児援助が大幅に拡大しています。就学してからも子育てに関するサポートは続き、これまでの学童保育に加え、放課後子ども教室が近隣地域に先駆け2010年から始まりました。放課後の子どもたちに対し、安全で健全な居場所を確保するための場所が増えたことは、女性の労働力としての需要が高まる現代において、女性が働くための環境整備に繋がる取り組みでもあります。
少子化が進む最中であってもここまで市全体で子育て・子育ちの取り組みに重きを置いているのは、10年後20年後のみならず、30年後、40年後といった長期にわたってこの地域の未来を見据えているからに他ならないと私は考えます。昨年は地域消滅という非常にショッキングなワードが日本中を飛び交いました。ご周知の通り、日本創成会議による2040年には896の自治体が将来的に消滅する可能性があるとされた地方消滅論です。人口減少の要因は、20代〜30代の若年女性が約半数に減少することに加えて、地方から都市圏への若者の流出とあり、士別市も例外ではありません。人口減を少しでも食い止めながら、女性をより多く含んだ生産年齢人口の割合を増やすためには、人口統計上の指標で一人の女性が一生に産む子どもの平均数を示した合計特殊出生率を、人口増に必要といわれる2.08以上に引き上げることが根本の課題であると考えます。士別市の合計特殊出生率は1.36と決して高い数値ではありませんが、このまちが如何に子育て・子育ちに重きを置いており充実した育児環境であるかということを住み暮らす人々が正しく理解し、誰もがこのまちで子育てをしたいと心から願うようになれば、合計特殊出生率の数値は飛躍的に向上すると私は考えます。先に述べた通り士別市は、大変手厚く充実した子育て・子育ち環境であるにも関わらず、それが正しい認識として市民に伝わっていないと感じる機会が多々有ります。子育てに直接携わることのない世代であれば、取り組みを知る機会が少ないために認識不足は致し方ないことですが、本来であれば一番に理解をしているであろう、直に恩恵を受けている子育て中の父母でさえ、士別市の取り組みの優れている面を他の地域と比較する機会がないためか、この高水準な育児環境を当たり前として受け止めてしまっている方が多い気がしてなりません。他の地域に有るものばかりが見えてしまい、このまちの育児環境に否定的な感を抱いている人も少なくないと私は感じています。だからこそ先ずは、このまちに住み暮らすすべての人々が、士別市の素晴らしい子育てに関する取り組みを正しく理解し、自身のまちの育児環境に対する肯定感を高めるための施策が必要かつ最優先であると考えます。
男女の性別・子育て世代か否かを問わず、このまちに住まう人々が心から、士別市は「子育て日本一」のまちであると自負し誇りに思うようになれば、誰もが「子育てをするなら士別で」と希望することや、それを心から勧める周囲の喚起に繋がっていき、長期スパンでの合計特殊出生率向上に寄与していくと私は考えます。
「まちへの肯定感」が、このまちの未来を創る
肯定感を高める必要があるのは子育て・子育ち環境にとどまらず、まち全体についてであると私は考えます。冒頭に述べた「このまちには何もない」と感じるのは、比較する必要がない物や事柄を他の地域と比較しているからに他なりません。このまちの真の豊かさに気付かずに、我がまちを「何もないまち」と位置付けてしまうことは、まちの可能性・未来を閉ざす行為であり、非常に憂うべき事態です。無いものに対して都市と田舎を比較することの無意味さを知り、視点を変えて我がまちを見つめ直せば、この地域の恵みの豊かさ、高水準な生活環境や育児環境に気付き、自ずとこの地域に住まう有難味と醍醐味が湧き上がるはずです。わがまちの魅力・豊かさに気付き、その素晴らしさを語り合うことで、まちに対する肯定感は高まり、高まった肯定感からは愛郷心が生まれます。この好循環を妻や夫、父母や子どもたち、そして地域に波及させてこのまちに住まう一人ひとりの胸に愛郷心が満ち溢れることが、若者の流出を防ぐ大きな防波堤となり、人口減を食い止める一助ともなると考えます。そしてもうひとつ、人口減を食い止めるための大前提として必要不可欠であるのが、先に述べた雇用環境の充実です。士別市が大変素晴らしい育児環境にあるにも関わらず合計特殊出生率が低いのは、この雇用の問題も大きな一因であることは明らかです。どんなに素晴らしい子育て・子育ちに対しての環境下であっても、住み暮らすための安定した糧を得られる職が無ければ、安心して出産・育児に臨むことは難しいでしょう。一人ひとりの胸に満ち溢れる愛郷心と雇用環境の創出、更には充実した育児環境によって根本の課題と先に呈した合計特殊出生率を引き上げていくことが、このまちを消滅可能性市町村から脱却させる策であると私は考えます。よって、我々青年会議所がいま成すべきことは、このまちの豊かさや魅力を広く発信し周知に繋げ、愛郷心を育む環境を創出するべく事業を構築・展開し、活気あるまちづくりへの運動を広げることであり、それが、まちづくりに力を注ぐ我々の目指す方向性でもあると確信しております
本質を捉え 進むべき道を切り拓く
どのような事柄・場面においても、本質を捉えればおのずと道は開け、開けた道に対しては、英知と勇気と情熱をもって突き進み、切り拓いていくべきであると私は考えます。
歴史や背景・経緯を学び元来を知ることで本質を捉え、捉えた本質を現状と照らし合わせることで、課題と解決策、そのためには何を成すべきかが見えてきます。見えてきた道に対し、できない理由を挙げることは、やらない己への自己弁護でしかありません。たとえ困難で有ることが容易に想像でき、一方で本質から逸れた安易な道が示されたとしても、強い信念をもって本質から見えた道筋に歩を進めるべきで有り、無難に事なかれの妥協への道は、青年会議所として歩む意味がないと、私は考えます。
本質から見えてきた道へ歩を進めるにあたって、会議体である我々は、メンバーの同意を得ることが不可欠であり、それには共通の理解が重要な要因・要素となります。共通の理解は本質から導き出されるものであるほど共感を呼び、賛同を得やすく、同意形成を促します。そこに伴う強く熱い思いと信念が更なる共感を生み、賛同を生み、たとえ困難であろうとも、開けた道を力強く切り拓くことへと繋がります。
本質を捉えれば道が開け、開けた道に本質が成すべき歩みを示す。
示された道がたとえどのようであろうと、できるできないではない、やるかやらないかです。
困難に臆さず、発展・創造に向け大いなるチャレンジ精神を抱き、進むべき道を切り拓いてまいります。
結びに
「すべてに真摯に」
2016年度 一般社団法人 士別青年会議所が掲げるスローガンです。
真摯さとは何か。
経営学の父と言われるピーター・F・ドラッカーの著書『マネジメント』に、「マネージャーには根本的な素質が必要である。それは真摯さである」という名言が有ります。ここでいう真摯さとは、正しいと信じていることに対しての正直さと誠実さ、それを行う思いの強さ、言い換えれば強い信念のもと、正しいと思う道を進むことを意味しています。文中の「マネージャー」は「リーダー」と置き換えて良いでしょう。地域のリーダーとなるべく切磋琢磨する我々にとって、ドラッカーの言わんとするこの真摯さは、必要不可欠な資質であると考えます。また、このことはリーダーとしてだけでなく、人としても非常に大切なことであると私は考えています。何事にも真摯に向き合い、真摯に取り組む姿勢が人としての信用を生み、共感的人間関係を育み、個と個が強く太い絆で結ばれるための軸となるからです。このことはまさに、奉仕・修練・友情という青年会議所の三信条に通じるものであります。
私の今日が有るのは、第60代目理事長としての任を受けるにあたり力強く背中を押してくれたメンバー、そして、任を受けてからの私を影日向で支えてくれているメンバー、更には60年という長い歴史を紡いできてくださった諸先輩のおかげであります。
これまでの士別青年会議所の歴史と志に恥じぬよう、誠心誠意努めるとともに、真摯さをすべての根源として力強く邁進してまいります。
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